レイナルド・アレナス『ハバナへの旅』

レイナルド・アレナス『ハバナへの旅』
(2001年3月、安藤哲行訳、現代企画室、2200円)

亡命の終わりⅡ

キューバ生まれの作家。『夜明けのセレスティーノ』が 文芸家協会のコンクールで入賞するが、その後の作品発表は国内での発表を認められない。反体制的発言と同性愛者であることを理由に逮捕されること数度。 1980年に合衆国へ亡命する。以後、ニューヨークで作家活動を続けるが、1990年、エイズによる体調悪化などが原因で自殺。
『ハバナへの旅』は彼が生存中に刊行された最後の小説集だ。執筆時期も異なる3作品は、テーマやモチーフに通低するものはあるものの、これが一冊の本になっているのは、おもに編集上の都合だろう。ここでは、表題作「ハバナへの旅」を中心に話を進めていきたい。
アレナスの分身とも考える主人公が、亡命から十五年を経て、故郷ハバナへと旅する物語。アレナスが実現することのできなかった、いわば想像上の帰還だ。
同性愛への迫害を経験した主人公は、ニューヨークで平穏な生活を手にするが、そこも彼にとって「あるべき場所」にはなりえなかった。そこへハバナに住む 妻からの手紙が届く。苦い記憶を呼び覚ますようなその手紙にうながされ、彼はその過去を清算すべく、合衆国市民として故郷へ旅立つ。
アレナスが描くハバナは重苦しい。まるで戒厳令が敷かれたかのようなその街のなかで、彼は失われた自分の居場所、自分の青春時代の面影を探す。想像上の 旅は、どこかでアレナス得意の幻想世界に迷いこんだにちがいないのだが、読者はそのことになかなか気づかない。アレナスの筆致はめずらしく(たとえば前の 二作品にくらべて)冷静である。亡命者の悲劇的な帰還ではなく、幻想のなかで故郷に救われる物語なのだと気づいたとき、物語はすでにクライマックスを迎え ている。
そして、アレナスの亡命はまだ終わっていないのだと思い出す。
小説のオチとしてはどうかと思われるのだが、読後に涙が出てきた。ありえないハッピーエンドほど悲しいものはないからだ。そのあたりに、幻想小説家とし てのアレナスの魅力がある。失われた故郷を夢見つづけたアレナスは亡くなり、キューバをめぐる亡命の物語もまだ終わっていない。
天国にいるアレナスのことを想像してみると、なんだかとても幸せに暮らしている姿が浮かんでくる。上天気の浜辺に仲間と寝そべりながら、故国キューバの状況を嘆きつつ、きっともう小説は書いていないんじゃないだろうか。


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