佐藤雅彦・竹中平蔵『経済ってそういうことだったのか会議』

佐藤雅彦・竹中平蔵『経済ってそういうことだったのか会議』
(2000年4月、日本経済新聞社、1500円)

「分かり易さ」が意味するもの

実によく出来た本である。タイトルもよいし、対談の組み合わせも絶妙。イラストや写真がほどよく散りばめられ、いかにも勉強になりそう、という作り方。経 済についてはあんまり考えたことがない、でも知っておいたほうがいいかな、くらいに感じている読者はたくさんいるだろうし、読者層の狙いも的確だ。
僕自身、経済については長い間なるべく避けるようにしてきた。これといった理由もなく、ただなんとなく。「難しそう、コワそう」という根拠のはっきりし ないイメージがあったのだ。『日本経済新聞』とか、テレビ・ニュースの最後に出てくる為替相場や株価に代表される経済のイメージは、多くの人が共有してい るはずで、そのイメージを壊すことがこの本の大きな目的であろう。
経済学から見れば、これはあまり好ましい状態とはいえない。某コマーシャルが言うように、今やほとんどすべての人間にとって、「経済のない一日はない」 のであって、経済は遠いところにあるものではない。実に身近なものである。効率と成長を課題とする経済にとって、この人々の無関心は一つの課題である。経 済学者なら「箪笥に貯金するよりも、投資しなさい」と言うであろう。なぜなら、それが経済全体にとってよいことであるから。
そんなわけでこの本は、経済は難しくないですよ、みなさんに関係のあることですよ、と話しかけてくるわけだ。二人の誠実そうな口調がまた実によい。
この本を読み終え、経済は「難しくてコワそう」という直感的なイメージはある意味で正しかったのではないだろうかと思った。「経済のない一日はない」と しても、「経済を忘れた一日」はありうる。経済を避けるのは、逃げているのではなくて、そのほうが楽しそうだと思うからである。自分が貧しいか金持ちか、 を別にすれば、ニュースに出てくる株価の意味は知らないほうが概ね幸せであろうと僕は判断する。
とはいえ、金持ちになりたい人々にとってはこの主張は意味を持たないだろう。経済について知っていたほうがチャンスは大きいのであり、したがって金持ち=幸せになるためには経済を知っていたほうがよろしい、ということになる。
けれども、ここにもうひとつ考慮しなければならい要素がある。これまで「難しそう」だったものが、なぜここへきてやさしそうな顔をする必要があるのか、という点だ。
もちろん時代が変わり、状況が変わったのだ。経済が発展していく初期の段階では、経済に関する知識は独占されているほうが都合がよい。経済は難しいか ら、と煙に巻いておけば利益もまた独占できたわけだ。でも、そこには限界がある。今は、あらゆる人が経済に関心を持つことが求められている。ある程度の豊 かさを実現した社会は、新たなフロンティアを求めているのだ。あらゆる人が経済自体に興味を持ち、その上で活動する。それは今までにない新たな可能性を生 むであろう。
経済に関する知識の平等化には、そういう「狙い」があるのだ。誰もが経済について関心を持つというのは、言葉以上にグロテスクな状態であると思う。みん なが経済について知ったとしても、もちろん貧富の差は残るし、ただ「経済を忘れた一日」が消えていくだけであろう。日本はそれで不景気を脱するかもしれな い。しかし、それにしたって限界はまたどこかで来るのだ。「経済を忘れた一日」さえもなくなってしまったら、次には何を犠牲にせよというのか。
もちろん、そんなことをこの本の著者が意識しているとは思えない。意識していないだけに、実に厄介である。この本の「やさしい顔」には気をつけたほうがいい。

抽象論だけでは説得力がないので、貧しい経済に関する知識を動員し、この本のそんな「うさんくささ」をなんとか指摘して、終わりたいと思う。

●冒頭で「経済学とはギリシア語で、共同体のあり方という意味」であると説明される。間違いではないけれども、あまりにも狙いがはっきりしすぎて、気持ち が悪い。正確に言えばこの「共同体」はもともと「家」を指し、「オイコノミクス」は「家政学」くらいの意味であったわけだ。そのまま都市国家、国家、国際 社会と単位が大きくなったことが経済学の本質的な矛盾なのであって、「そういうことだったのか」と納得されては困る。
●第一章はお金についての考察なのだが、お金にはなぜ利子がつくのか、という根本的な問題にまったく触れていない。
●第二章は株の話で「有限責任の株式会社は資本主義の大発明」とあるが、なぜ責任が有限などということがありうるのか。やはり問題ではないのか。
●第三章は税金の話。「所得の多い人=価値を生み出している人」はどう考えたって疑問だ。「無限の長い期間で見れば稼いだ金と使った金は一緒になる」というのも、利子とか土地の存在をわざと無視しているのだろうか?
●そんな具合に、経済の基本から説明していくのであるが、後半はビジネスのサクセス・ストーリーのオンパレード。ただのビジネス書と同じになっている。やっぱ経済ってそういうことだったのか?

*たまには批判的な書評も載せようと思って書いたのですが、やはり楽しくありません。これからはなるべく面白かった本を選ぶことにします。


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