ドリヴァル・カイミ爺さんは、ボサノヴァ・ミュージシャンというわけではないが、
多くの歌がボサノヴァのスタンダードとして歌われている。
「ボサノヴァ日本語化計画」のトップページに変な人形が2体でてくるが、
このうち、ギターをもっているのがカイミ爺さんだ(もう一人は作家ジョルジ・アマード)。
大往生を記念して(?)「Saudade Da Bahia」を訳してみた。
わりとそのまま訳したら、陰気な歌になってしまった。
やっぱポルトガル語で聴いたほうが、いいかなあ。
ドリヴァル・カイミ爺さんは、ボサノヴァ・ミュージシャンというわけではないが、
多くの歌がボサノヴァのスタンダードとして歌われている。
「ボサノヴァ日本語化計画」のトップページに変な人形が2体でてくるが、
このうち、ギターをもっているのがカイミ爺さんだ(もう一人は作家ジョルジ・アマード)。
大往生を記念して(?)「Saudade Da Bahia」を訳してみた。
わりとそのまま訳したら、陰気な歌になってしまった。
やっぱポルトガル語で聴いたほうが、いいかなあ。
「私とそよ風」を訳してみた。
演奏も録音もへなへな。カラスの声まで入ってる。
夏なので、お許しを。
ジョニー・アルフっていうと、よくボサノヴァの誕生と絡めて語られたりする人でもある。
今年はボサノヴァ50周年てことになってるけど、
それ以前から活動していたこの人が「教祖」だと言われてみたり。
そのへんのことは正直言ってよく分からないが、この曲は結構好きだ。
ジョアン・ジルベルトもやってたっけ、と思って改めて聴いてみたが、
案の定、すごいことになっている。
私のはごくシンプル。
今週から、毎週月曜日のイベント「そっとナイト」がはじまった。 最初ということもあり、たくさんの人が集まり、大盛況だった。

「どこがそっとなんだ」、というツッコミもあり(笑)。
恐らく、これから回を重ねるごとに、より「そっと感」を増していくのではないかと思う。
気が向いたら、ぜひ遊びにきてください。
美味しいビールとおつまみ、ごく簡単なPAを用意してお待ちしております。
理想を言うなら、比較的親密な、でも開かれた場所であってほしいと思う。
また、演奏する人よりも「聴く人」が音楽を育ててくれるような場所であってほしいとも。
そして、いつか「ヴィオロンはある? ちょっと歌わせてくれよ」と見知らぬ若者が戸口に現れ、新しい時代の音楽の目撃者になることができればと妄想している(大袈裟)。
とはいえ、とりあえずは愉快な楽しい会です。
↓は、「アヒル」を歌いながら、踊る子どもが気になって仕方ない私。
先月から今月にかけて続けてライブが3つもあった。
私にしては珍しいことである。
まず、6/20幡ヶ谷のバーセンノーミにて、folha de lembrancaのお二人と対バン。
しっとりと「ジョビンの暗い歌」などを聴かせてくれる。
ここはまた、ライブ後の「飛び入り」ですごい人が出てきたりするので面白い。
今回はアベさんという女性がとても素敵な弾き語りを披露してくれた。
6/28は代官山アクビにてスティールパン他の川島イタルくんとのデュオ。
たまにやるこの組み合わせもだいぶこなれてきて、「三月の水」なんかは結構独自色が出てきたんじゃないかと思う。
去年もやったここのイベントは、とても素敵な雰囲気。
店長さんの人徳だろう。感謝。
7/7は青山月見ル君想フでイベント。
このような大きなライブハウスでやるのは、まったく初めてなので緊張した。
Moon Is Mineを歌ったときに、背景に月面の写真が大きく投影されたらしい。
歌っていた私は、気づかなかった。
菩薩ノバンドがかっこよかった。面白かった。必見です。
このあいだ一冊の本を読み通せなかった話を書いた。
なんだか訳者である木村榮一センセイに申し訳ない気がして、同氏訳のフリオ・リャマサーレス『黄色い雨』を読み始めた。
センセイとは別に知り合いというほどでもないが、一度だけお会いしたことがあり、なんとなく一方的に尊敬している。
村人たちが次々と去り、廃村と化した村に一人残った男が死んでいくまでを描いた小説。
ひたすら陰気な話ではあるが、これは最後まで一気に読んだ。
その暗さとは関係なく、ひさびさに読書の快楽というものを感じた。
文章が美しく、そしてどこかに自然や人間の生活に対する愛情のようなものがあるからだと思う。
続いて、よせばいいのに今度はニューヨークの地下で暮らすホームレスを描いた『モグラびと』。
ニューヨークの治安がひどかった頃の話だから、今はどうなのか分からない。
私はこの頃ニューヨークへ行き、地下鉄は確かに怖かった。
その後、7年くらい前に行ったら、地下鉄もずいぶん変わっていて驚いた。
モグラびとはどうなったのか、気になるところだ。
もっとも印象的なのは、地下にグラフィティの大作を描いていたアーティストたちのエピソード。
そして、地下にコミュニティやファミリーみたいなものがあって、
人間はそこでも食べ物ではなく、他人からもたらされる「尊厳」を糧に生きているという事実だ。
アメリカほど貧富の差が激しくない日本で、自殺者が多いことを考えた。
ときに自殺にまで至る危険な病としてのうつ病について語った新書があったので読んでみた。
臨床医の立場で書いた、その症例や治療の考え方は大いに参考になったが、最後に日本の高い自殺率や社会の状況との因果関係について述べた部分は印象論に終始しているようにも思え、やや検証が物足りない気がした。
これは他の専門家が書くべき部分なのかもしれないが。
そして最後に、若桑みどり『クアトロ・ラガッツィ』。
だいぶ前に出た本なのでいまさらという感じはあるが、とにかく面白い、素晴らしい。
まあ、これも話は陰鬱だし、キリシタン弾圧なんて、現代日本社会の暗部にそのままつながっているとも言えるだろう。
それでも、ここには私の愛するものや恐れるものがすべて描かれているといってもそれほど誇張ではないし(まあちょっと誇張だけど)、
とにかく今は亡き著者に最大限のリスペクトを表明したい。
ちなみに、「らくだ節」はまさにこの時代の日本を想像してつくった私なりのフィクションだが、
若桑さんの本を読んだ後に聴くと、なんとショボいことか……。
いや、読まなくてもショボいんだけど(笑)。
最近、暇なのでよくテレビを見ている。
スポーツやニュースも見るが、特になごみ系のドキュメンタリーが多い。
しかし、あまりにもぼんやり観ているので、観たそばからすぐに忘れてしまうようだ。
昨日、友人と話していて、すごく感動した番組があったのを思い出したので、メモしておこう。
「世界ふれあい街歩き」のトルコ・サフランボルの回。
ジェムレが三回降ってくると春が訪れるというので、ジェムレって何だろうと街の人々に聞いてみると、バラバラの答えがかえってきて訳がわからない、という素敵な話だ。
この番組のアバウトなつくり方は、非常に面白い。
毎回、このように面白くはならないのだが、たまに奇跡的なことが起こるから見逃せない。
そんなわけで、私も毎回奇跡的なことが起きないかと願いつつ、懲りもせずにアバウトな録音をしているわけだが、もちろん、そんなことはめったに起きない。
サウダージがサンバを作った
ずっと訳そうと思っていたのだが、意外に難しくてできかなかった。
恋人と別れて歌だけが残った。その「所有権」を主張している、というのが私の解釈だ。
しかし、本当にそうなのか、ちょっと自信がない。
あなたは愛を知らない
これも別れた女への嘆き節。
ヴォセ・エ・リンダ
カエターノ・ヴェローゾの代表曲。
ボサノヴァとは言い難いが、私にとってはとても思い出深い曲。
ようやく録音できた。
全体に不調である。
お店の経営状態も苦しいので、私はレイオフ状態になっている。週末など忙しいとき以外は「自宅待機」しているのである。
そんなわけで時間もあるし、本業をばりばりやるとか、音楽活動をがんがんやるとか、すればいいのだが、なんとなくだらだら暮らしてしまっている。
優雅に本でも読もうと思って一冊買ってきたのだが、これがいけない。エンリーケ・ビラ=マタス『バートルビーと仲間たち』。「書けない症候群に陥った作家たち」についてのお話。まあ、これだけで不調なときに読むべき本じゃないということは、分かりそうなものだけど……。昔読んでいたら、きっと面白いと思ったのだろうとは思う。でも、今はだめ。半分くらい読んだところで、全然進まない。
そんなわけで、ぼんやりテレビを眺めていると、NHKの番組でゴリラの鼻歌を紹介していた。テレビ番組も、たまには素晴らしいものを映して(聴かせて)くれるもんだと思ったが、それにしてもなんとも地味な鼻歌である……。
だいぶ前に、『歌うネアンデルタール人』という本を読んだのだが、これが面白かった。
人間が言語以前にもっていたコミュニケーションのあり方について語ったもので、著者はこれを「全体的、多様式的、操作的、音楽的、ミメシス的な」といった意味で「Hmmmmm」と呼んでいる。歌は「音楽」と「言葉」に分解できるが、かつては一体のものとして分けることができないものだったのだろう。
で、私は決して聴くことのできないネアンデルタール人の「歌みたいなもの」を、これまでなんとなく力強い、攻撃的なものと想像していた。
でも、ゴリラの鼻歌を聴いて、あ、こんな感じだったのかも、と考えなおした次第。まあ、実際のところはゴリラとネアンデルタール人では骨格も違うだろうし、もちろん分からない。
河童の鼻歌の言い伝えとか、セイレーンの歌声とか、そういう「聴くことのできない音楽」には妙に心惹かれるものだ。『バートルビーと仲間たち』を思わず買ったのも、きっと「書かれなかったテキスト」というものに惹かれたからだろう。
でも、今の私にはゴリラの鼻歌くらいのほうがピンとくる。
なんだか文字通り調子外れの日々が続いている。
前からやろうと思っていた「ロボ・ボボ」を訳してみた。
歌詞は特に好きじゃないのだが、こういう客観性とか冗談みたいなものは、
今のJ-POPでは、ほとんど見られなくなっているように思う。
たぶん、受け手が真面目にとってしまうからかもしれない。
他にも何曲か、ひさびさに録音してみた。
6月の後半から7月前半に3つほどライブの予定があるので、
そのときにでも配ろうかと思っている。
チェコ料理とビール、絵本のお店でボサノヴァ日本語化計画のライブ。
我ながら、わかりにくい。
しかしお陰様で、大入り満員だった。
みなさま、ありがとう。
座れなかった方、また体調の悪くなっちゃった方、ごめんなさい。
このお店のいいところは、なんといっても狭い店内とは不釣り合いにデカい窓である。
まだ明るいうちのライブだったので、ブラインドも全開にして演奏した。
外を歩いている人と結構目があったりするのが面白い。
ひさびさだったので、とにかくたくさんの曲をやってみた。
30曲くらい? もっとかもしれない。
ライブ後はRamuchi 2000GTさんの素晴らしいスキャット、
ケニーさんとミサキさんのユニットによる素敵な演奏もあり、
私は少しずつ、演奏者から店員へと変身していったのであった。
↑イザウラでひっかかる。
↑アンコールの「小舟」