チェコのはなし

チェコ料理を出すバーをはじめた、などというと「ブラジルじゃないの?」と聞かれたりする。
「なんでチェコなんだ」と怒ったような顔で言う人も。
(私がブラジル音楽バーでも開けば、話は分かりやすいのだろう。
だが、それはあまり想像したくない事態ではある……。)
というわけで、私は大抵「相棒である共同経営者がチェコ好きなので」、と答えることにしている(実際、それは正しい)。
とはいえ、私もそれなりにチェコという国への思い入れがあるので、こっそりここに書いてみよう。

といっても、話は実に単純だ。
私はかつて文学青年だった(今でもちょっと文学おじさんだ)。
そして、フランツ・カフカが私のアイドルだった。
以上、終わり。

そんなわけで、私は大学生時代にカフカのいた街、プラハへと旅立った。
まだ、かの国に入るのにビザが必用だった頃の話である。
今回、店を開いてから、
ふとガイドブックとしてそのとき持っていった本が手元にないことに気づいた。
私はよく、大切な本を捨ててしまったり売ってしまったりするのだ。
(店に置くのによい本だろうと思ったので、ヤフオクで買いなおした。)

当時の私はこの本を片手にカフカの墓参りなんぞしながらプラハの街を歩いていたわけだが、
人間とはいい加減なもので、覚えているのはビールがうまかったこととか、
トイレを探してうろうろしたことくらいであったりする。
ついでに、プラハで泊まった家のお婆さんと一緒にオペラをみにいったことも、よく覚えている。
(中途半端なチェコ語とドイツ語で、ろくに意志疎通のできないまま、そのときは婆さんもお洒落をして、なんかデートのような状態だったのである。)

ほかに、
小岸昭「スペインを追われたユダヤ人―マラーノの足跡を訪ねて」「マラーノの系譜」も、
ガイドブックがわりになっていた。
これらの本を通じて、私のなかではチェコもイベリア半島も新大陸も、どこかでつながっているように思えたのだろう。
んでもって、当時から鼻歌はいつもボサノヴァだった。

チェコは出版文化も素晴らしいし、「もぐらくん」をはじめとしたキャラクターも大好きだ。
なんといっても、ビールがうまい(繰り返し、失礼)。
とはいえ、チェコ料理のレストランをやるほどかといえば、これは確かに怪しい。
そんなわけで、「なぜチェコなの?」と問われれば、私はやはり口ごもってしまう。
チェコがどうとかいうより、私は単にお店をつくりたかったのだと思う。
出来てみると、自分でも「なぜチェコなんだろ?」とぼんやり考えていることに気づいたりする。

アート

昨日、ふと時間があいた。
ひさびさにCDを買おうと思ったら、財布の紐が完全に切れ、
ものすごい勢いで買ってしまった……。危険である。

あと、アートフェア東京なるイベントに行ってきた。
まったく行くつもりがなかったのだが、時間もあるし、たまにはそういうものを見るのもいいかなと思ったのだ。
現代アートのなんたるかが相変わらずさっぱり分からない私だが、
カミン・ラーチャイプラサートというタイのアーティストの作品を見て、ちょっとほっとした。
仏像をアレンジしたような作品。
まあ日本だと円空仏とかあるし、こういうのはなかなか成立しにくいかもしれない。
でも、これならちょっと家に飾ってもいいかなと思った(高くて買えないが)。
これを見ながらギターを弾いたら、ちょっと楽しいだろう。


作品は、どれも仏教的な警句みたいなのがタイトルになっている。
「我が子は真の喜び。だが人生のあるじではなかろう」
「愛情の細部に注意を払え」
「地球は回れど心は動かず。日の出も日没もない」
「幸せは移ろいやすい」
「鳥に羽があるように、人には友がいる」
などなど。
上のやつは、「アートを作ることばかり考えるのはアートではない」。
確かにそうだろうと思う。
アートフェアは、そんな感じの場所であった。

ひさびさ

今年に入って、引越をし、友人と店を開き(だあしゑんか)、ついでに仕事も結構あって忙しかった。
新曲はおろか、新訳も新録もできなかった。
とはいえ、この間にギター演奏に関してはいくつかブレークスルーや発見があり、
自分のなかでは単に休んでいたわけではないのである。
まあ、他人が聴いても、相変わらずじゃん、というくらいの小さなことなんだろうが。

そんなわけで(?)、
夏にかけて何回かライブをやろうと思っている。
手はじめは、自分のお店でこぢんまりと弾き語り。
例によっていいライブになりそうな予感がするので、
お誘い合わせの上、ぜひ遊びにいらしてくださいな。

ボサノヴァ日本語化計画 @四谷三丁目 だあしゑんか
出演:OTT
日時: 2008年4月27日(日曜) start 16:00 (open 15:00)
チャージ 1000円(one drinkつき)
場所: だあしゑんか (東京都新宿区舟町7 田島ビル2F)
◆ひさびさのライブはシンプルに弾き語りのみでやります。小さなお店で美味しいビールと珍しいチェコ料理(ブラジルではない)を楽しみながら、ゆるゆるのひとときをお過ごしくださいませ!

アウェイ

先週末はミュージシャンである兄が主宰しているエレクトロニカ系(?)・イベントに出演した。
その名も「ベルリン・カフェ」というこの月一のパーティは、普段、穏やかなマニアたちが最新機器のツマミをいじってニンマリしている、という印象だったのだが、今回は新年拡大版で、まるで東京最先端のクラブイベントみたいなノリになっていた(まあ、大袈裟だが)。
そんななか、へなちょこなボサノヴァの弾き語りを披露することになった私は、完全な「アウェイ」状態であった。
私のライブを盛り上げてくれるいつもの失笑は、もちろんなし。
ろくに演奏を聴いている様子もなく、小さな音はお喋りの渦にかき消えていくのであった(笑)。
ちょっと辛くもあり、気楽にもなった私は、特にどうということもない演奏を終え、次のDJに席を譲ったが、後で聞いてみるとちゃんと演奏を聴いてた人もいて、冷や汗をかいた。
どんな状況でも、手を抜いた演奏をしてはいけないのである。
「アウェイ」の試合は、他にもいろんな意味で「ホーム」の何倍も勉強になった。
たとえば音響面もそのひとつである。
状況に応じた音づくりというのは、やはり演奏者のほうで考えなければならないと思った。
もしかしたら、選曲も間違っていたかもしれない。

最近の録音

Feitico Da Vila(ヴィラの魔法)
ノエル・ホーザがリオデジャネイロのエスコーラ・ヂ・サンバ、ヴィラ・イザベルを称えた歌。
オリジナルとジョアン・ジルベルトのヴァージョンを聴き比べると面白い。
私のはゆるゆる。

Fotografia(フォトグラフィア)
名曲だと思うが、私にはどうもあまり合わない感じがする。
フォトグラフィア、というニュアンスがいまいち理解できていない。
元の詞にはフォトグラフィアという言葉は出てこなかった気がする。

Preconceito(偏見)
白い金持ち女に恋した、暑い地方出身の黒くて貧しい男の歌。
こういう歌が可能なところが、ブラジルの面白さという気もする。
彼女のほうは周囲に「あいつは黒すぎる」とか言ってるらしいが、
サンバにおける「黒(moreno)」はブラジルらしさでもあるわけだから。

Louco(ばか)
知人のリクエストにより訳してみた。
原詞「vagabundo」のところが「ばかもん」になってるのがポイント。
はい、くだらないです、すみません。

choppとcerveja

ジョアン・ジルベルトが出演するビールの宣伝が面白いので、日本語化してみた
CMソングは独特の寸詰まり感があって、結構好きだ。

ところでブラジルにはビールを呼ぶのにchoppとcervejaの2種類の言葉があるが、前者がいわゆる「樽生ビール」、後者が瓶や缶のビールと思っていた。
この歌にも2種類がでてくる。
前者は商品名、後者は普通名詞として。
で、これは映像にも見える通り樽生の宣伝ではないので、どうやら日本と同じく、ブラジルでも「生」という言葉の使い方には少し混乱があるようだ(もしかしたら、まったく同じ状況にあるのかもしれない)。
そんなことを考えながら「なまで」を繰り返してみたのだが、この部分、すごく気に入っている。

越境の時

鈴木道彦『越境の時 一九六〇年代と在日』

ひさびさに会った友人が勧めるので、読んでみた。
すごかった。今年の新書ナンバーワンだな。

内田樹『私家版・ユダヤ文化論』も、
福岡伸一『生物と無生物のあいだ 』も、
斎藤美奈子『冠婚葬祭のひみつ』も、
この本の迫力にはちょっとかなわない気がする。
著者にこの本を書くように説得したという上野千鶴子にも、感謝すべきだろう。
内容については、とても解説できる自信がない。
なので騙されたと思って読んでみてください。

ソル・フアナ

ソル・フアナ『知への賛歌』(光文社古典新訳文庫)

文庫名なんて書かなくてもいいと思うんだけど、尊敬をこめて。
ロダーリ『猫とともに去りぬ』でこの文庫シリーズに注目し、『カラマーゾフの兄弟』が売れてると聞き、スゴイと唸った。
でも、さすがに、これが出るとは思わなかった。

弱小出版社でもいいから、訳はあまりよくなくていいから(旦敬介訳はもちろん素晴らしかった)、とにかくソル・フアナの詩集が読んでみたかった。
だから、感謝してもしきれないんだけど、本当はできれば詩の割合をもう少し増やしてほしかった……。
バロック的で私の理解が及ばないんだということは想像できるが、ここで訳された多分比較的分かりやすい作品から想像するに、この数倍分かりにくい作品だとしても、結構イケるんじゃないか。
まあしかし、詩集というだけで売れないらしいし、あまり贅沢は言えない。

実際問題、彼女の詩のよさをここで説明するのはちょっと難しい。
私が「ボサノヴァ日本語化計画」でやっていることにも通じるが、そこには私の誤読が大いに含まれていると感じるから。
だから、この日本では無名の作家を取り上げるのに、書簡2つを選んだというのは、それなりに正しい選択なのだろう。

女性なのに、修道女なのに、詩なんか書きやがって。
そういう時代の話。彼女はこれらの書簡で自己弁護を試みる。
それがなんとも言えず面白くて、機知に富んでて、軽やかで、深みもあって、そして時代を先んじていた。
それはまあ、そうだろう。
「私だけの部屋」をもてなかった彼女は、作家であり続けるために修道院に入った。
でも今を生きる男の端くれとして感じるのは、女性は今もこんな感じでキツい状況にいるよなあ、それに比べて男はテキトーなことを、不用意な差別発言を、軽率な自慢を、垂れ流しているよなあ、というようなことだ。

そんなわけで(どんなわけで?)、光文社文庫からは今後も目が離せない。

イベント終了

「バナナとワニ」、謎のままに無事終了した。
懸念していた通り、お客さんは少なかったが、ある意味では自分の理想とするイベントになったようにも思う。
プロらしさというか、商品価値は限りなくゼロに近いんだけど、楽しいライブ。
でもそれって、人によっては失礼に感じたりもするだろう。
そんなこともあって、これを機に少しライブを減らし、練習や録音に軸足をずらそうかなとも思っている。
楽しいからついやりたくなっちゃうんだけど。
今回にかぎらず、私のような者のライブに足を運んでくれる方々、そして演奏させてくださるお店の方々、改めてお礼申し上げます。ありがとう!

↑は友人にゲストで歌ってもらった「童神」。
ろくに練習せずにやったので、歌い出しがちょっと不安な感じだけど、最後まで聴いてみてください。
素晴らしいヴォーカリストだと私は思っています。

バナナとワニ

OTT:バナナとワニの物語、聞かせてくれよ、ねえGyuちゃん
Mao:はすとばら、飾りをつけて、楽しい飲み会にしましょう
Gyu:(重々しい声で)この店のイベントは、条件が厳しいぞ
OTT:waki兄も呼びますよ、とりあえずいつものイパネマ、歌います
(以下、イパネマの娘を歌う)

という訳で、ひさびさに自分で企画したイベントだ。
我ながら、訳が分からない。
無理に説明しようとすると、キーワードは「偽南国感」ということになるのだろうか。
本物じゃないブラジル、どこか観光風の南国情緒。

あまりに人が来なさそうなので、知人にメールを出したりして宣伝している。
しかし、最近どうも頻繁にライブをやって飽きられているのをひしひしと感じる。
飽きる以前に、もういいよって感じだろう。
それは分かる。
でも、いいライブになるんじゃないかという、密かな予感があるのだ。
ぜひ、来てください。

バナナとワニ @渋谷 はすとばら
出演:WAKI, OTT (装飾協力:Mao)
日時: 2007年10月28日(日曜) start 15:30(~17:30)
1500円(ワンドリンク付)
場所: はすとばら (渋谷区道玄坂1-16-8常磐ビル2F 地図