8月26日らいぶ

ひさびさにライブのお知らせです。ちょっと遠いですが素敵な場所なので、気軽に遊びにいらしてくださいませ~。

★日本語ボッサノヴァの夜Ⅱ@ 祖師ヶ谷大蔵カフェムリウイ
日時: 2012/8/26(日) 19:00~
出演:Live ・東輝美(歌、ギター) heli (歌、ギター) OTT (歌、ギター)
Music Charge 投げ銭
場所: カフェムリウイ (世田谷区祖師谷4-1-22-3F)
前回ご好評の(?)イベント第二弾です。東さんの日本語弾き語りは素晴らしいです。heliさんも素敵なオリジナルを聴かせてくれます。カフェ・ムリウイは、夏の終わりに相応しい場所。きっと夕暮れどきが素晴らしいでしょう。

ボサノヴァへの憎しみ

ずいぶん昔の話で恐縮だが、私がまだ若かった大学生時代のこと。
友だちが学園祭か何かでボサノヴァのライブをやるというので、見に行ったことがある。出演者はそれなりにお洒落をしていたように思う。背伸びをして、曲の背景について気取った解説をしたり。
私はそれを後ろのほうの席で見ていた。隣に、一目でロック好きと分かる長髪の男がいた。たぶん、彼も私と同じく出演者の友人だったと思う。なんとなく見覚えがあった。
その彼の様子がおかしい。ライブがはじまると、体をよじったりうなり声をあげたりしている。最初は何か喜んでいるのかと思ったが、そうではないらしい。なんとか隠そうと努力をしながらも、体中から吹き出てしまうのは、どうやら今ここで行われていることへの怒り、あるいは嫌悪らしかった。
それは「ボサノヴァへの憎しみ」だった。
想像を膨らませてみると、たぶん、彼は出演していた女の子が好きだったのかもしれない。ロックへの愛を共有していたと思ったら、こんなチャラい音楽をやっているではないかとか。曲間で繰り広げられるトークも、なんだか妙に気取っていて腹が立つ……。まあ、そんなところではないかと思う。
ともかく、その長髪ロック青年が、おさえ切れない嫌悪感を我慢しながらそのライブを聴いていた様子が、今も忘れられないというわけ。

すでにボサノヴァ好きだった私はそれを見て、音楽というのはジャンルだのスタイルだのに縛られて大変だなと思ったことだろう。せっかくジャンルを超えたいい曲があっても聞こえてこないんじゃないかとか、そういうお節介な意見。
それでも、私が繰り返しこの出来事を思い出してしまうのは、きっとこの「ボサノヴァへの憎しみ」をどこかで共有しているからだと思う。
この世の悪しき仕組みを認めてそれにどっぷり浸かっているような、といったら大げさだが、あのときのロック青年はそれを認められない反抗的な魂を燃やしていたに違いない。そして、私もことあるごとにそれと似た、ボサノヴァにつきまとう何やら逃げたくなるような雰囲気を感じることがある。それは演奏や歌唱スタイル、アレンジに衣裳やらトークも含めた、一種の「ボサノヴァ的世界観」とでもいうべきもの。
私はいつも大抵この世界観から逃げたい逃げたいと思っているのだが、むしろからめとられていることのほうが多い。

ずいぶん前に、私の歌をきいて「寝ながらケツを掻いているようでひじょうにいい」と褒めてくれた人がいる。私としては、わりとしっくりくる言葉だ。
ロックのコンサートでケツを掻けば笑われるか、場合によってはかっこいいだろう。
ボサノヴァのライブでケツを掻くと、観客は見なかったフリをしてくれる。
まあ、大げさに書くととそんな感じだ。

好きと嫌い、意見をもつ長い時間をください

インターネットの危険性を指摘する類いの本を3冊ほど読んでみた。

『閉じこもるインターネット–グーグル・パーソナライズ・民主主義 』

『つながりすぎた世界』
『インターネットは民主主義の敵か』

こういう本は、タイトルだけで大体まあ何を言いたいのか分かるのがよいところだ……。

最初の本を読んで、私もグーグルとfacebookから距離をとることにした。このふたつが怖いのは(私の理解では)、何が起きているのかユーザーに知らせないでいいと考えているところだ。たぶん、そのほうが便利で快適だからという理由による。
2冊目はそれほど面白くはないものの、つながらなくてもいいのにつながってしまう、しかも強く、ものすごいスピードで、というインターネットの性格をわかりやすくまとめているとは思う。
3冊目は10年も前の本。うちの本棚でも忘れられていたが、あらためて再読してみるとやや読みにくいものの、よい本だと感じた。

フィルタリング能力を賛美する人には、自由とは個人の好き嫌いを満たすこと、つまり個人の選択への拘束がないことを意味する。この見解を支持する人は、結構多い。実際、それは自由言論に関する現在の論調の基礎となっているが、大きな誤解といえる。自由とは好き嫌いを満たすだけでなく、それなりの条件の下で好き嫌いや信念を確立する機会のことでもある。

なぜ人はフィルタリングするのか、という問いを立ててみる必要がある。最も簡単な理由づけは、人間はそもそも何が好きで嫌いかを知っている、あるいは知っていると思っていることだ。

インターネットにかぎらず、私も意見や好き嫌いというものについて、いつも「もっと長い時間で」「瞬間的なものとしてでなく」捉えるべきと思っている。もしかしたら、罪は性急さのなかにあるのかも。
たとえば、街灯インタビューで意見を求められてすぐ簡潔に答えられるようなタイプ。それが現代の「有能な人」だろう。でも、「どうなんでしょう、3日くらい考えてみましょうか」というのんびりした態度がもっと推奨されていいと思う。
好き嫌いにも、ほぼ同じことがいえる。好き嫌いは瞬発力であるとともに、終わることのない紆余曲折であることも多い。好き嫌いを固定化しようとする他者の介入だけでなく、やはり好き嫌いを固定化しようとする自分の傾向も警戒すべきだ(分かりにくい表現でごめんなさい)。

そういう観点からいえば、今のインターネットは最悪のツールに近い。ほとんど瞬間的な判断ばかりで成り立っているように思えてならない。これは好き、これは嫌い、これは反対、これは賛成、これはイイネ、これは無視、これは重要、これはメモ、これは忘れる。この世界では「3日くらい考える」「少し時間をおいてみる」という行為すら、その前に判断しなければ成り立たない。もちろん、最大の原因はその量とスピードだろう。

幸い、どの著者も絶望しているわけではないようだ。確かに、インターネットの美点はたくさんあるし、その使い方や制限の方法にもさまざまな可能性がある。ここでとりあえず書いておきたいのは、「インターネットの自由」がすでに結構、悪夢めいたものになっていること。私自身、かなりインターネット・ジャンキーなので、この観察はわりと正しいんじゃないかと思う。そしてこれからは、「私にとってより重要で好きな情報を、効率よく集める」のとはまったく逆のアプローチが大切だろう……。

ぴったりの恋、ぴったりこない演奏

普段ボサノヴァばかり聴いているんだろうと思われそうだが、そうでもない。
でも、たまにはCDも買ったりもする。今回は、ホベルト・ギマランエスという人。
大好きな曲のひとつに「Amor Certinho(ぴったりの恋)」というのがあって、名著『ボサノヴァの歴史』にこんなエピソードが載っている。

ロベルトは、彼(ジョアン・ジルベルト)に「ぴったりの恋」を披露し、ジョアンはこの曲に一目ボレしたような気持になった。だが、一聴きボレではない。あの夜彼は、これで完全に覚えたと思えるまで最低五十回はロベルトにその曲を歌わせたからだ。しかし学生ロベルトは、自分の曲がジョアン・ジルベルトの次のLP『愛と微笑みと花』に録音されることになろうとは、夢にも思っていなかった。

この話が好きで忘れられないのは、何度も繰り返して歌わせるのにふさわしい感じの曲調と歌詞だからだ。繰り返しているうちにこんがらがって、つい笑ってしまうような感じ。音楽家の世界では一度聞いて覚えてしまったというようなエピソードがよくあるが、それとは逆なのもいい。
そんなわけで、この尊敬すべき作曲家のCDをさっそく買ってみることにした。他にもいい曲がたくさんある。いいアルバムだと思う。
ただ、演奏や歌については、なんだかあまり耳に入ってこない。どうも最近、この手のサウンドや芸風を冷静に楽しめなくなっているようなところがある(だから、このCDの問題じゃなくて、たぶん私のなかの問題)。
この辺のことは、回を改めてまた書いてみようと思う。

韓国を旅する司馬遼太郎

昔から司馬遼太郎という人にはやや苦手意識がある。
『竜馬がゆく』や『坂の上の雲』なんかの文体や価値観にどうも馴染めなかった。やたらに人気があるので、それに対する警戒もあったかもしれない。
だから、韓国の紀行モノを探していて手にとった『街道をゆく』が意外に面白く、済州島編、対馬・壱岐編まで読んでしまったというのは、自分でもちょっと意外な展開だ。
文体など鼻につくところはもちろんあるが、それなりにバランスはとれているし、興味深いエピソードがバランスよく紹介されている。金達寿や姜在彦といった在日の文化人らが魅力的に描かれているのもいい。朝鮮文化の基層みたいなものと儒教社会のあり方を整理する視点も、私にとってはひじょうにわかりやすかった。
とはいえ、日韓の歴史というやつはどんな風に書いたって誰かから非難されるという厄介なものであることは確かだ。私が「バランスよく」などと言ったところで、冗談にしか聞こえないかも。あるいは、これらを読んで司馬遼太郎の「隠れた朝鮮蔑視」が見えるなどと言われれば、まあその通りなのかもしれないし、そういう次元でいえば私にも当然あるだろう。私としてはそんなことよりも、日韓を船で往復する愉快な旅を夢想しているところ。結構、たくさん航路があるんだなあ。対馬にも行ってみたいし、でもやっぱ関釜フェリーとフグとエイの旅か。


地図はフェリーで海外旅行へ行こう!より

ところで、この「街道をゆく 壱岐・対馬の旅」のなかで壱岐に伝わる愉快な豆腐譚が出てくる。豆腐が病気になり、それを知ったダイコンとゴボウとニンジンが見舞いにいくというような話だ。途中は省略するが、最後に豆腐が「しかし私アもう、もとのまめ(健康)にはなれまっせんでつせう」と泣き出す。ここから、日韓の豆腐事情について調べるあたりも、ちょっと楽しい。
韓国のドラマなどには、刑務所に豆腐をもって迎えにいくというシーンがある。これはどうも「豆腐のように真っ白になって出直せ」という意味のほか、「二度と監獄に戻らないように
(豆腐が豆には戻れないように)」という意味もあるらしい。だとすると、まめ=健康は日本起源ぽいが、豆には戻れないというのは韓国起源かもしれない……。

街道をゆく 2 韓のくに紀行

街道をゆく 13 壱岐・対馬の道 (朝日文庫)

ミュージシャンのようなサントス・デュモン

飛行機とは何か、飛行機を「発明」したのは誰かという議論はすごくむずかしそうだ。
子どものころライト兄弟の伝記は読んだが、熾烈な訴訟のことはあまり書いてなかったように記憶している。もちろん、リチャード・ピアースなんて人のことは知らなかった。
そして今、あらためて彼らの写真を見ると、なんだかお友だちになれそうにない気がする。

サントス・デュモンの話で感動するのは、それがまぎれもなく「空を飛ぶこと」の話であって、特許や競争、ビジネスをめぐるあれこれではないことだ。
秘密主義のライト兄弟とは反対に、技術や情報は公開し、共有することが進歩にとって重要だと考えた。
飛行船、飛行機、そしてヘリコプターへ。それはまた愉快なストーリーやかっこいいスタイル、あるいは美しさのあれこれでもあった。
サントス・デュモンならやはり、今話題のあの醜い飛行物体を拒否しただろうか。それ以前に、飛ぶ力を戦争に用いること自体を嫌ったはずだ。
戦争にはそれほど縁のないブラジルだが、飛行機は内戦でしっかり使われた。サントス・デュモンの自殺には、そのことに対する絶望が関係しているともいわれる。

おそらく、飛行機と音楽の歴史には少し似たようなことがいえるだろう。
かつて人々は、音楽が誰のものかということにそれほど強くこだわらなかった気がする。
ブラジルは今も、いい歌を分かち合うのが上手だ。だからこそ、歴史的にはサントス・デュモンと同じく結局「トク」はしなかったが。
ここから先は、あまり書きすぎないほうがいいかもしれない。
サントス・デュモンの写真は、飛行実験も野外コンサートみたいだで、ある意味でどれもミュージシャンみたい。
なかでも大好きなのは、空を飛ぶ練習なのか、ものすごく高い特注の椅子に座って新聞を読んでいる写真だ。

ブームは繰り返す

多くの人と同じように、私も数年前から韓流ブームのなかにいる。
ドラマを見て、音楽を聴いて、語学を勉強して、本を読んで、料理や酒も楽しむ……。そんな楽しいあれこれについては、まあ急がずにそのうち書こうと思う。
そしてついに先日、韓国旅行へ行くことになり、ひさびさに『地球の歩き方』なんぞ買って飛行機のチケットまで買ったのだが、事情によりそれは延期となった。
思い出してみると、韓国の『地球の歩き方』を買って結局行かないのは、これで2度目である。十数年前、私はまだ会社員だった。
そのときは、韓国の伝統芸能とか祭りみたいなものが面白いから、ぜひ旅行しなさいと勧められた。
すっかりその気になっていたのだが、いつのまにかマイブームは去っていった。今回は、以前とちがって韓国への興味を持続させる餌がひじょうに多いので、たぶんこのブームはもう少し長く続くと思う。そして、3度目の正直できっとかの地をきっと訪れることができるに違いない(そんなに大げさな話ではない)。

ところで当時心を惹かれたものとは一体何だったのか、いい加減なものでよく分からない。
たぶん、パンソリだったり、サムルノリだったり、あるいはクッと呼ばれる巫俗儀礼?のようなものだろうか。今、あらためてその辺のCDを聴いてみると確かに格好いいし面白いのだが、物足りない部分もある(こういうのは実際、その場にいるといないでは大違いだろうし)。
音楽でいえば、今のK-POPともちがう、たぶん両者のあいだにある広大な領域をもう少し知りたいと思っているところだ。

野生の探偵たち

ずいぶん昔、大学生のころ。私はメキシコシティのカフェに座って本を読んでいた。
若いイケメンの兄ちゃんが声をかけてきて、何を読んでいるのかと問う。私は本の表紙を見せる。
たしかそれはオクタビオ・パスが愛について書いた評論で、兄ちゃんはそんなものはつまらないぜという顔をする。
「それよりカスタネダを読みなよ。僕の人生を変えた本だ」
彼はそう力説して、すたすたと行ってしまった。

当時、私はメキシコの詩人についてのインチキな論文を書いて卒業しようとしていた。カスタネダという名前には聞き覚えがあったが、どんな人かは知らなかった。
日本に帰国してから私はカスタネダのドン・フアン・シリーズにはまり、だんだんメキシコ文学なんかどうでもよくなってきた。
以上、もしかしたら私の人生を狂わせたのかもしれない、しかし比較的どうでもいいエピソードだ。
20年も経ってみると、かつての自分やその兄ちゃんは、かなりイカれた感じに思い出す。
たぶん、客観的には今の私のほうがイカれているかもしれないが、まあ年齢というのはそういうものなのだろう。

ロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』のメキシコの若い詩人たちへの視線は、いわばイカれたものへのフェティッシュな愛なのかもしれないが、上下巻にわたりここまで大量に登場してくると、少しうんざりしてくるのも事実だ。この作家に興味があるのなら、まずは普通に面白い短編集『通話』をおすすめする。
とはいえ、確かに印象的な場面はいくつかある。オクタビオ・パスの名がさんざん言及された後、本人もちょっとだけ登場する。その頃にはフィクションかフィクションじゃないかはかなりどうでもよくなっているし、登場人物はことごとく狂っているんじゃないかという気がしてきている。
こういう長編小説は、読み終わってほっとしたのか、いい作品なので感動したのか区別がつかないことがある。

ファドとボサノヴァ

ちっともタイムリーじゃない話題で恐縮なのだが、ずいぶん前に小野リサがポルトガルでファドを歌う、という番組をやっていて面白かった。
最初はちょっとした紀行モノかなと思ったのだが、小野リサが自分もファドを歌ってみると言い出したあたりから、おかしな雲行きになる。彼女は大きな声で歌うことに対して抵抗があるし、ストレートな感情をそのまま表現するのも苦手だ。そんなんで大丈夫なの? と心配していると、まったく大丈夫じゃないという実にスリリングな番組だった。よく引き受けたなとも思った。

ここで苦しい言い訳をしておくと、私はこの人をボサノヴァの第一人者として、心から尊敬している。ただ、残念ながらまったく興味がなかった。それはないだろうと自分でも不思議なのだが、左耳から右耳へただ通りすぎていく感じだったのだ。

さて、番組に話を戻すと、彼女はボサノヴァというのがむしろ感情を抑制することで他者に伝えるスタイルなのだというようなことを説明していて、私も確かにそうだと頷く。
しかし、小野リサの悪戦苦闘ぶりを見ていると、これはちょっと変だぞとも思えてくる。たとえば、ブラジルでボサノヴァを歌っている歌手たちだったら、ファドだってたっぷり演劇的に歌うだろう(もちろん、ファドは演技じゃなくて本当の心だ、という人もいるだろうが)。抑制するというのは、やはりその奥から溢れてくるものがあるからこそなのだし。
小野リサ自身は、ファドの叙情性に日本の演歌なんかに通じるものがあると感じていたように見えたが、私はファドの歌えない小野リサにむしろ日本人の心を感じた。そして、耳に入ってこないこととも関係がある気がした。もちろん、ちょっとひねくれた感想ではある。

さて、ポルトガル人の前でファドを歌うという試練をとりあえず終えた小野リサが、最後に弾き語りでブラジルの歌をひとつ披露した。それは本当に美しい歌で、いい演奏だった。たぶん、それを聴いていたファドの歌手(小野リサにファドを教える役割だった)も思わず涙が出そうになるくらいに。私は彼女が素晴らしいアーティストであることを、はじめて理解した。
アーティストとしての葛藤や意地、ブラジル育ちの日本人というアイデンティティの危うさ。そういう繊細なものを、これほど飾らずに見せてくれるドキュメンタリーというのも、ちょっとすごいと思った。

ある女流詩人伝

池内紀『ある女流詩人伝』

ユーリエ・シュラーダー。ずいぶん前にドイツでちょっと風変わりなエロチックな詩を書いて新聞に発表したりした人らしい。
魅力的だがどこかピントがはずれた感じは、たぶん定型詩という伝統に忠実だったせいもあるだろう。もちろん彼女の人格的な魅力も。
言葉が詩になるとき、一体何がそこで起きているのか。一人のごく平凡な詩人の人生を通してそれを描いた素敵な本だ。複雑な文学論とか、破天荒で偉大な詩人の人生のなかにはない何かがあって感動してしまう。
ちょっと忘れ去られたかけた、そしてものすごく偉大というわけでもない人々の文章を「再発見」して魅力的に紹介するのは、池内紀の得意技?のひとつだ(もちろん訳もいい)。早川良一郎、そしてリヒテンベルク先生……教えてくれてありがとうございます。