出世風呂 Ⅰ

copyright by wakisaka fumihiko

「う~冷えるね 
夜五ツで店も閉まってるのに
橙(だいだい)を買ってこいたあ
無茶な話だ」
「おっ子猫ちゃん 
鮭の皮やるからこっちおいで」
「あれっ どこへ行くんだい」
「ふーん 四文とは安いね
ついでだからちょっと入っていこうか」
「ごめんよ 紅葉袋貸してくんな」

「お客さん 猫はお断りだよ」
「お前は
ここで
まってな」
「腰に巻いたる手拭いは
銭湯千尋の金隠しときたもんだ」
「”銭湯の よいはりをする 大晦日”ってね
「御免なさい」

「エヘン、エヘン!」
「あっつ~~~!! …くない」

「江戸っ子だねぇ」
「文政6年も終わりだね」

「そーじゃあ!」
「この冬は寒いね」

「そー ジツにしゃむい!」
「夏は暑かったしね」

「そー あちゅかった!」
「お先に」

「よいお年を!」
「あれ ここに脱いだ俺の服が
十徳にすりかわってる」
「いいのかな 板の間稼ぎじゃあるまいし
ススぬり顔で正月なんて
迎えたくないからな」
「何だい 
ますますもってこの湯屋はおかしいね
大広間で料理茶屋でも始めたかい」
「お客人が来たぞ」