copyright by wakisaka fumihiko
朝露の付く蜘蛛の巣に
一匹の妖精が捕まっていました
女郎蜘蛛:いひひ、いただきまーす
妖精マユ:待って、蜘蛛さん食べないで!
マユ:私はこの書簡を妖精の里の
ボサツ様に届けなければいけないの
マユ:届け物が済んだら必ずここへ戻ります
だから今は逃がして下さい!
女郎蜘蛛:……いいだろう あたしもボサツ様には
お世話になっていることだしね
でも覚えておおき
女郎蜘蛛:お前が戻ってこなかったら
妖精の里の近くに巣を張って
お前達をとりつくしてやるから!
女郎蜘蛛:わかったらさっさとお行き!
マユの友達ボタン:マユかわいそー 食べられちゃうの?
マユの友達カエデ:マユ、いいから逃げ出しちゃいなよ
マユ:それはできないわ あの蜘蛛が怒って
もっとひどいことになるもの
マユ:そういうわけでボサツ様
これが今生の別れとなります
今まで私を育てて下さってありがとうございました
ボサツ様は少し考えた後――
「これが役に立つかも知れないね」と言って
小さな古びた壺をマユに渡しました
マユはその壺を持って蜘蛛のもとへ帰っていきました
女郎蜘蛛:よく戻ってきたね 大した度胸だよ
女郎蜘蛛:さてでは いただきまーす
マユは夢中で壺のふたを開けました
すると壺の中から出た糸でマユは身を包まれました
女郎蜘蛛:そ、その糸は……!!
女郎蜘蛛:息子たち、娘たち……!!
女郎蜘蛛:まあこんなに大きくなって……
女郎蜘蛛:こんなところで会えるなんて奇遇だねえ
女郎蜘蛛:本当に無事で良かった……
女郎蜘蛛:……おい、妖精!
マユ:は、ハイ!
女郎蜘蛛:子供たちに会わせてくれた礼だ
お前の命は助けてやろう
ただしひとつ頼みがある……
女郎蜘蛛:私の子供たちをできるだけ遠くの場所にまいとくれ
女郎蜘蛛:親子は離れて暮らさないと意味がないからね
こうしてマユは生きて妖精の里に帰ることができました
「でもボサツ様」とマユが言いました
「あの時垣間見えた死と
醜い蜘蛛に生まれた慈悲の心の事が
ねばつく糸のように私にとりついて離れないのです」
「マユ、それは助かったお前の命と同じくらい
大事な経験かもしれないね」とボサツ様は言いました