恋愛主義的ブックガイド
各主義にぴったりの攻略本を紹介しています。





●恋愛秘密主義の攻略本

ベルンハルト・シュリンク『朗読者』

松永美穂訳、
新潮文庫、514円
言わずと知れた2000年度ベスト・セラー小説。こんな地味な小説がなぜここまで話題になったのか。このこと自体、恋愛秘密主義者が世の中に意外に多く存在することの証明とは言えないだろうか。前半はオーソドックスな展開。少年ミヒャエルが21歳年上の女性ハンナ(秘密主義者)に出会い、その秘めやかな恋愛に陶酔する。後半、ハンナの秘密がちょっとやそっとの秘密でないことが明らかになる。ミヒャエルは自分が「朗読者」であり続けることによって、ついには秘密主義的な恋愛をまっとうする。秘密主義のエッセンスがつまった素晴らしい小説である。



●恋愛帝国主義の攻略本
田口ランディ『コンセント』

幻冬社、600円
恋愛帝国主義者である主人公の「私」が、兄の死の謎を追いながら、自らの過去に向き合う。かつて恋に落ちた大学の師(恋愛博愛主義者)らとの対決などの末、自らの主義を乗り越え、なぜかニューエイジに目覚め、さらにセックスし続けるというお話。恋愛やセックスについて書かせたら天下一品の著者らしく、恋愛小説(エッセイ?)として読みごたえがある。社会主義者や神秘主義者なども登場し、とても賑やか。同氏による『スカートの中の秘密の生活』(洋泉社)、『馬鹿な男ほどいとおしい』(晶文社)も大変参考になる。



●恋愛原理主義の攻略本
しりあがり寿『ヒゲのOL 薮内笹子』

竹書房、999円
真実の愛が見つかるまでヒゲを剃らないと決めたOL、主人公の笹子は恋愛原理主義のヒロインである。恋愛には超積極的だが、「真実でない」と感じた瞬間、笹子の恋は終わりを告げ、エピソードはあっという間に終わる。彼女のヒゲは真実の恋愛なるものの不可能性の象徴と言えるだろう。他にもさまざまな恋愛主義者が登場し、とても読みごたえがある。続編も出ている。



●恋愛保守主義の攻略本

サン=テグジュペリ『星の王子さま』

内藤濯訳、
岩波少年文庫、640円
恋愛にはまだ未熟な王子様が地球へやってくる。そこで出会った狐から恋愛保守主義の奥義を授けられ、自分の星に置いてきた恋人のバラ(おそらく帝国主義者)に思いを馳せる。子供の純粋な心を擁護しているように見えながら、その思想はまさにオトナである。ヘビや井戸など聖書的なモチーフが多く見られ、王子様はキリスト同様、愛に殉じて死んだのだと解釈できるが、一体バラはその後どうなったのであろうか…。



●恋愛社会主義の攻略本
小谷野敦『もてない男--恋愛論を超えて』

ちくま新書、660円

恋愛社会主義の代表的論客による入門書。「もてない」という言葉の主観性を捉えた功績も大きいが、本筋は自分が「もてない」ことに対する個人的な恨みつらみ。実に愉快な本である。社会主義者らしく、女性については「もてる女」しか眼中になく、「もてない女」については女が書けばよい、という感じの態度。しかし考えてみれば、「もてる」ことにこれほどこだわるのはやはり男という気もする。恋愛社会主義の女性が早くこれに匹敵する著書を書いてくれないと、その辺のところがよく分からない。
*近著『恋愛の超克』についてはこちら



●恋愛神秘主義の攻略本
岡野玲子『陰陽師』

白泉社、1〜9巻
少女漫画の王道を継承するこの傑作はまさに恋愛神秘主義のバイブル。安倍晴明は神秘主義のヒーローである。彼は常に自分の世界におり、だからこそかっこいい。彼の言うことはいつも正しく、ついでに彼は何やら影をひきずっている。源博正はもちろん神秘主義者ではないが、たんなる安倍晴明の引き立て役でもない。神秘主義者にとって理想的なパートナー像を示しているのである。まだ連載中だが、すでに壮大を通り越し、訳が分からない展開になりつつある。これも神秘主義的で好感がもてる。



●恋愛無政府主義の攻略本
ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』

集英社文庫、819円
ドン・フアン的な恋愛無政府主義者、外科医のトマーシュには、同じく無政府主義者で奔放な画家サビナという素晴らしいパートナーがいる。トマーシュと田舎娘のテレザ(何主義だろう?)が辿る恋愛模様を、「プラハの春」を背景に描く恋愛小説の傑作である。トマーシュがテレザとの静かな生活を決意した時、まるで天罰のように悲劇は訪れる。しかし、クンデラの小説の主人公は、いつも作者自身なのでは、と思わせる。自分で設定した恋愛をネタに、哲学論やら歴史論やら芸術論を見事に展開してみせる、彼こそ恋愛無政府主義のヒーローであろう。



●恋愛至上主義の攻略本
吉田戦車『火星田マチ子』

ちくま文庫、580円

(写真は旧版)
恋を学ぶために火星から地球にやってきたマチ子。あちこちで騒動を巻き起こす彼女は、恋愛の大切さを伝えるべくやってきた伝道師のようにも見える。彼女は恋のことしか頭にないが、すべてを恋愛の次元で解釈するその言動は愛らしく、説得的である。ところでマチ子は演歌がお好みらしいが、このあたりも恋愛至上主義者ならでは。特に彼女の歌う「男酒」は絶品。ぜひナマで聴いてみたいものだが、きっとマチ子とつきあうのはものすごく大変だろう。


トップページに戻る