眠らない神

--『おねしょの書』(パジャマ教の聖典)より

眠らない神

あの神さまは、なんと活力に溢れて輝いていることだろう。
昼も夜も横になることはなく、その目はいつも何かを見ている。
アイディアに溢れ、この世に有用なものをつぎつぎと創造する。
情熱と意欲に溢れ、この世の改良に努力を怠らない。
正義と倫理を重んじ、この世の悪を懲らしめることを躊躇しない。
誰からも敬愛され、崇められる神よ。
力強く、眠ることのない神よ。
夢を見るときですら、かっと目を見開いたまま。
一度でも見たものは決して忘れることがないとか。

*「眠らない神」はパジャマの神と対立する存在であるが、パジャマ教にはこの神への傾倒というか、憧れのようなものがときどき感じられる。

スムーズに眠りへと誘う

--『おねしょの書』(パジャマ教の聖典)より

スムーズに眠りへと誘う

人魚は自分の声がもつ催眠的な力を誇っていたが、
本当をいうと、ひそかにもっと別の音楽にも憧れていた。
いつか、派手な電飾と仕掛け花火のあるステージに上がり、
巨大なアンプとスピーカーを震わせてみたい。
低音のビートに乗せ、耳がおかしくなるようなシャウトを連発し、
踊る若者たちの熱狂と恍惚に危険な油を注ぐような曲を、
エロチックに体をくねらせて歌ってみたいと思うのだ。
ときどき、いたずら心を起こした人魚は、
すこし音程をずらしてみたり、違うアクセントをつけてみたりして、
自分の歌がもつ可能性を試してみることがある。
しかし、いつもと同じくその歌は、なめらかな絹織物のシーツみたいに、
聞く者をスムーズに眠りへと誘う。

*人魚の歌に誘惑される神話・伝説は多いが、パジャマ教ではそれを催眠効果と断言している。

眠りは弱虫のためのもの

--『おねしょの書』(パジャマ教の聖典)より

眠りは弱虫のためのもの

悲しいとき、泣きなさい。そして眠りなさい。
苦しいとき、泣きなさい。そして眠りなさい。
辛いとき、泣きなさい。そして眠りなさい。
怖いとき、泣きなさい。そして眠りなさい。
眠りは弱虫のためのもの。

*パジャマ教はどちらかというと現世利益を追求する側面が強いものの、その発想はひたすらにへたれである。

またしても神さまの眠りは妨げられ

--『おねしょの書』(パジャマ教の聖典)より

またしても神さまの眠りは妨げられ

昔のはじまり、はじまりの最初。
神さまは愛情をこめて人間をつくったという。

ところが、眠っているあいだに、人間たちはどんどん殖える。
この世に生を受けた喜びを発散させる彼らは、
敬虔な祈りとともに、さまざまな騒音を天と地に響かせた。
やがて、それは神さまの眠りを妨げるようになる。

辛抱強い神さまも次第にイライラしはじめ、
やがて人間を懲らしめるべく、恐ろしい懲罰を与えた。
大地は水で溢れ、生き残った者は少なかった。
生き残った者らは、命に感謝して祈った。

神さまのご加護のもと、人間はまた殖えていった。
すると、またしても神さまの眠りは妨げられ、
懲罰的な天災や戦争も繰り返された。

しかし神さまもやがて騒音のなかで眠るコツをおぼえ、
人間の祈りもめったに届くことはなくなった。
だから神学者たちは、最近の天災や戦争が、
神さまの不眠とは、何ら関係のないものと解釈している。

*不眠に悩まされる神というモチーフは古代オリエントを中心に見られる。

周囲は変わってしまったが

--『おねしょの書』(パジャマ教の聖典)より

周囲は変わってしまったが

あまりに長い夢を見ていたため、荘子は目を覚ましたとき、
自分がすっかり何者であるか忘れてしまった。
周囲は変わってしまったようだが、
以前とさして違わないようにも見えた。
誰も顔見知りがいなかったので、電車に乗り都会へ出た。
ミュージシャンとなってバンドを結成した。
そして「胡蝶」という美しい曲でデビューした。

*『おねしょの書』にはここで登場した荘子をはじめ、古今東西の著名人が多く登場するが、史実や文献をないがしろにしたものも多い。

針の穴に通すことより

--『おねしょの書』(パジャマ教の聖典)より

針の穴に通すことより

あるときヨブが心配そうに尋ねた。
「神よ、私には慎ましいながらも蓄えがあり、
夜になると、小さな数字たちが私を苦しめます。
話によれば、富貴なる者が天国へ行くのは、
駱駝が針の穴を通るより難しいとか。
私が富貴ではないにしても、
恐らくそれは真実でしょうか?」
神は答えた。
「大きな動物を針の穴に通すことを考えるより、
駱駝の数を数えなさい。
数え続ければ、やがて眠れるであろう」

*「マルコによる福音書」にこれと似た冗談が書かれている。誤訳という説もある。

岩戸を閉じることはできなかった

--『おねしょの書』(パジャマ教の聖典)より

岩戸を閉じることはできなかった

あるとき、パジャマの神さまがお隠れになった。
ようやく日も暮れようとするころ、
なんと、もうひとつの眩しい光が東にのぼった。
冷えはじめた大地の熱は、再び耐えがたいものとなり、
ふたつの太陽が、かわるがわる現れては肌を焼き、
草木を枯らした。
神々は日没とともに再び一日のはじまりを迎え、
眠ることも許されず働いたり、
あるいは遊びつづけたりした。

ある神が言う。
「このままでは体がもたないよ。パジャマの神さまにお出まし願おう」
別の神が言う。
「このままでは心まで折れてしまうよ。パジャマの神さまにお出まし願おう」
そこで神々が相談し巨大な岩戸の前に集まった。
大小の太鼓、さまざまな弦楽器や管楽器、
巨大なアンプやスピーカーなどをもって集まった。
「神さまは、ここに隠れ眠っておいでだ。
われらの楽しい歌と踊りで、目を覚ましてもらわなければ」

心地よい夢のなかにいたパジャマの神さまの耳に、
がなりたてるような、出来の悪い音楽が聞こえてきた。
「ああ、頼むからやめてくれ。もう少し静かに」
ほんの少しだけ重い岩戸をあけ、そう懇願した。
だが、それには知らんぷり、聞こえないふり。
神々の歌と踊りは、ますますひどくなる。
「頼むからやめてくれ、もっといい音楽を教えてあげよう」
そのとき、さらにもう少しひらいた岩戸の隙間に、
力自慢の力士が「えい」とばかり、大きなドアストッパーを投げた。

音楽は終わり、静けさが戻った。
パジャマの神さまは再び眠りについたが、
もう岩戸を閉じることはできなかった。
日が暮れて、涼しげな風が吹いた。
歌と踊りに疲れ果てた神々も、それぞれの家と寝床に戻り、
望むだけの眠りをえることができた。

*パジャマ教の特徴として、音楽についての言及が多いことが一般に知られる。

枕を丸めよ

--『おねしょの書』(パジャマ教の聖典)より

枕を丸めよ

時は迫っているぞ。
今すぐパジャマに着替えよ。
枕を丸めよ。
布団の四隅は揃えよ。

*近代以降に創唱された他の宗教と同じく、パジャマ教にもやはりキリスト教をはじめとする一神教の大きな影響が見られる。

シーツには皺もなかった

--『おねしょの書』(パジャマ教の聖典)より

シーツには皺もなかった

昔の前、はじまりの最初。
まだ朝はなく、昼もなかった。
長い夜だけがあり、シーツには皺もなかった。
布団のなかは温かく、おそろしい火はなかった。
枕はちょうどよい堅さで、つらい肩こりもなかった。
ゆったりとした鼓動や吐息は感じられたが、
耳をつんざく大きな声はまだなかった。

夢だけがあり、パジャマの神さまも夢をみていた。
はじめに神さまはおつくりになった。そして歌った。
雲のような軽やかなリズム。海のような音色。
メロディーと言葉は、まだひとつのもの。
光あれと歌うと、光があった。
雨ふれと歌うと、雨がふった。
風ふけと歌うと、風がふいた。

*パジャマ教の信者は全世界に約10万人(教団発表)というが、恐らく誇張された数字であろう。