聴き鉄、もしくは失われた音

乗り鉄、撮り鉄などという言葉を最近よく聞くが、写真を撮るだけでなく、音声を録音する「録り鉄」も結構いるらしい。前に「鉄道音楽」ということでその辺の話に触れたかどうか忘れたが、私にもなんとなく気持ちが分かる。とはいえ、モーター音の種類がどうとかいう話には、あまり興味がなくて、やはり鉄道が走るときのあのリズムが好きなのだと思う。
最近は車体が軽くなって素材も変わったため、そのリズムや音もずいぶん軽くなった気がする。重い鉄の車両が大きな鉄橋を渡るときのあのスリリングな感じは、もしかしたらもはや「失われた音」なのかもしれない(SLの音それ自体はむしろそれとして保存されているような気もする)。鉄道にかぎらず、こういう「もはや聞くことのなくなった音」というのは、黒電話の呼び出し音のように誰でも思いつくもの以外にも、結構あるのではないか。
「フィールドレコーディング作家の第一人者」であるというクリス・ワトソンの『El Tren Fantasma (幽霊列車)』は、メキシコの鉄道や駅を音を中心としたコラージュ的作品。ここには、まだ重い車体とあの懐かしい音がある。そして、鉄道の音は音楽と音楽じゃないもののあいだ、ぎりぎりのところを行ったり来たりする。非常に地味ではあるが、以上の話にわりとぴんとくる人々にはお勧めのCDだ。

ブームは繰り返す

多くの人と同じように、私も数年前から韓流ブームのなかにいる。
ドラマを見て、音楽を聴いて、語学を勉強して、本を読んで、料理や酒も楽しむ……。そんな楽しいあれこれについては、まあ急がずにそのうち書こうと思う。
そしてついに先日、韓国旅行へ行くことになり、ひさびさに『地球の歩き方』なんぞ買って飛行機のチケットまで買ったのだが、事情によりそれは延期となった。
思い出してみると、韓国の『地球の歩き方』を買って結局行かないのは、これで2度目である。十数年前、私はまだ会社員だった。
そのときは、韓国の伝統芸能とか祭りみたいなものが面白いから、ぜひ旅行しなさいと勧められた。
すっかりその気になっていたのだが、いつのまにかマイブームは去っていった。今回は、以前とちがって韓国への興味を持続させる餌がひじょうに多いので、たぶんこのブームはもう少し長く続くと思う。そして、3度目の正直できっとかの地をきっと訪れることができるに違いない(そんなに大げさな話ではない)。

ところで当時心を惹かれたものとは一体何だったのか、いい加減なものでよく分からない。
たぶん、パンソリだったり、サムルノリだったり、あるいはクッと呼ばれる巫俗儀礼?のようなものだろうか。今、あらためてその辺のCDを聴いてみると確かに格好いいし面白いのだが、物足りない部分もある(こういうのは実際、その場にいるといないでは大違いだろうし)。
音楽でいえば、今のK-POPともちがう、たぶん両者のあいだにある広大な領域をもう少し知りたいと思っているところだ。

アフガン・スター(マイブームその後)

インターネットラジオをきっかけにはじまったアフガニスタン音楽のマイブーム。
「アフガン・スター」というドキュメンタリー映画があることを知り、さっそくDVDで見ることにした。

「アフガン・スター」はアフガニスタンの超人気オーディション番組らしい。
You Tubeでも「Afghan Star」で検索すると、その様子が見られる。この番組で上位に入った歌手がデビューしていくという状況のようだ。
音楽的なクオリティはそれほど高くない。でも、ラジオから伝わってきた切実さ、熱気がここには確かにある。
多民族国家であるアフガニスタンでは、音楽よりも出身民族で投票する人がたくさんいる。だが、それだけとも言い切れないところがあって、その辺が面白い。
人々の音楽への深い愛は、民族間の対立を浮き彫りにしつつ、ある意味ではアフガニスタンの国家的な統合にも利用されているようだ。

「ラフガイド・トゥ……」シリーズを買ったのは、はじめて。
なんせさっぱり事情がわからないので、解説などは大変役に立った。映画「アフガン・スター」にも登場して物議をかもした歌手も収録されている。
しかし、たとえば「ラフ・ガイド・トゥ・ザ・ミュージック・オブ・ジャパン」というのを聞いて日本の音楽事情が分からないのと同様であり、引き続きいろいろ聞いてみるつもりだ。

比較的、手に入りやすいのは古典音楽のようで、このあたりはあまりハズレがないかもしれない。
Ustad Mohammad Omar(アフガン・ルバーブの巨匠らしい)は、なんとあのザキール・フセインとの共演盤。
とはいえ、ラジオや「アフガン・スター」の熱気とはちょっと違う気もする。

いそげ、リラックス!

実兄でミュージシャンのwakiが7年ぶりにフルアルバムをリリースしたので、ぜひ聞いてほしい。
タイトルは Hurry Up and Relax。発売はdatabloemというオランダのレーベル

レーベル側はもはやダウンロード販売のほうに力を入れているようだが、CDジャケに珍しく兄のメッセージが「言葉で」記されていた。

After the 311 huge earthquake, my country Japan became like a hell, (中略)Doing music is basically a personal thing, and when the society is in the crisis, it can be recognized as a very selfish thing to do. But I felt I have to do something and it is weird to say this, but I felt I must push my works out. Though music is not important as surviving itself, but I think we sometimes need music to survive.(後略)

「音楽よりも生き残ること自体のほうが大切にはちがいないが、私たちはときに生き残るために音楽を必要とする」とはいかにも兄らしい言葉だ。
そして、たぶん生き残ることが個人的であるとともに公共的であるのと同じ程度には、やはり音楽も個人的であると同時に公共的なのだと私は思う。

鉄道音楽?

リズムに乗るという経験は、他の何にもかえがたいものだ。
私の場合、もっとも古い「ノった」記憶は、もしかしたら電車の音かもしれない。
そんなわけで、「鉄道音楽」みたいなものが好きだ。
といっても、以下の4枚しか思いつかない(しかも最後の4枚目は最近買ったばかり)。

スティーヴ・ライヒ『ディファレント・トレインズ』
クラフトワーク『ヨーロッパ特急』
エグベルト・ジスモンチ『Trem Caipira』
ソハイル・ラナ『Khyber Mail』

ぜひ、あとひとつ見つけて「五大鉄道音楽CD」としたい。条件としては、
・旅をしているような気分になること。
・歌詞はないか、あっても単純なものであること。
・それなりの長さがあること(アルバムが望ましい)。
ご推薦、お待ちしております。

さて、今回買ったソハイル・ラナ『Khyber Mail』について。
どうも、パキスタン映画音楽の巨匠らしい。そして旅路はカラチからペシャワールを目指すらしい(タイトルの意味はカイバル峠郵便列車?)。
なんか今となってはきな臭いエリアだけど、ハッピーでチープな感じが素晴らしい。
ああ、旅行にいきたい。

*追記*
すっかり忘れていたのだが、5枚目はやっぱり細野晴臣『銀河鉄道の夜』だろう。

最近のCDらいふ

なんだか激しくCDを買ったり借りたりしてるわりには、音楽生活はあまりぱっとしない。
音楽を聴くより、演奏するほうが楽しいというのがあるのだけど、どこか寂しい感じだ。

●メキシコの古いボレロを集めたコンピをきっかけに、メキシコの古い音源をたくさん買っている。
それにしても、「ボレロ」で検索するとろくなものが出てこないし、メキシコのポピュラー音楽についての情報があまりに少ないことにちょっと驚いている。
ブラジル並にとは言わないけど、もう少し注目されてもいい気がする。

●周囲でまた赤ん坊がつぎつぎに生まれている。
出産祝いにお勧めのCD。

●小泉文夫監修ワールドミュージック全集のコピーは100枚中90枚ほど終了。

●ブラジル関係ではなんといってもジルベルト・ジルの「Bandadois」
DVDで見るとジルのギターと歌は本当に神業です。

●あとは、アブドゥーラ・イブラヒムの作品などなど。

語り物の魅力

ときどき、たぶん二年に一度くらい「邦楽ブーム」みたいなのがやってくる。
もちろん、あくまでも自分のなかだけ、「マイブーム」のお話だ。
今回きっかけとなったのは、『〈声〉の国民国家 浪花節が創る日本近代』という本。
「国民意識」を鼓舞しながら、日本という近代国家の誕生を祝うかのように大流行した浪花節を論じた刺激的な本だ。

そういえば、浪花節って苦手だよなあと思いながらも、youtubeやCDでいろいろと聴いてみた。
ほとんど世界観を共有できぬままにも惹かれるのは、やっぱりこれが音楽と言葉のあいだに横たわる「語り物」という領域だからだろう。

当時の人々が、たとえば桃中軒雲右衛門のなんとも表現しがたい独特の声に耳を傾けながら、あるいは自分でも一節「唸って」みるうち、ある種の思想や帰属意識が身体化されていったというのは、まあわからないでもない。
しかし、気味の悪い話ではある。
冗談めかして今の時代で無理に譬えるならば、EXILEの踊りを真似て鏡に向かっているうち、いつのまにか若者みんなが皇居前で踊っていた、みたいな話。
しかし、もちろんそれが絶対にありえないこととは言えない。
かつて、私たちは「東京音頭」を夢中になって踊りながら、戦争へと突入していったこともあるのだから。

さて、浪花節がどうもしっくりこないなか、同じ兵藤裕己氏の『琵琶法師―“異界”を語る人びと』も読んでみた。
というか、まず本のオマケについてくる「最後の琵琶法師」たる山鹿良之の演奏に衝撃を受けた。爺の魅力がすごいのである(笑)。
そんなわけで、今はこのCDに夢中である。

私のもっとも思い上がった野心は、新たな日本の語り物のスタイルを確立することかもしれない。
もちろん私には音楽的才能も文学的才能も欠けおり、いつか……と夢想するだけなのだが。
それにしても、一体何を語るというのか?
全然、見当がつかない。
このCDのなかでいうと『道成寺』が近いような気がする。たとえばこれを携帯小説みたいな感じにアレンジしたらどうだろう。
さらにカフカのアフォリズム(掟の門)とか、テレビの「すべらない話」みたいな笑いの要素を少し入れるのはどうだろう?
いずれにせよ、現代は忙しい時代なので、少し短くする必要があるだろう。
そんなわけで、夢を見るのは楽しいのである。

*追記*
木村理郎『肥後琵琶弾き 山鹿良之夜咄―人は最後の琵琶法師というけれど』もよい本。上の『琵琶法師』、DVDは素晴らしいが本としてはやや抽象的すぎる気もする。

ローカル線はゆく(ヴィラ・ロボス)

ヴィラ・ロボスの「ブラジル風バッハ」に挑戦してみた。
とはいっても、もちろん、ちっともクラシックじゃない。
ボサノヴァでもないし、一体これは何なのか。
ちょっとフォークソングぽいか?

♪ローカル線はゆく(付:大糸線はゆく)♪

走れよ電車 ローカル線よ
夕暮れ近づく 田舎の街を
どこまで行こうか? 明日がくれば
夜空の向こう 山越えて 谷越えて
どこまでも乗せて行け 人生と歌を乗せ 行け

走れよ電車 大糸線よ 梓川渡り 安曇野を行く
夕暮れに浮かぶ 有明の山
大町、白馬、南小谷、糸魚川
どこまでも乗せて行け 人生と歌を乗せ 行け

私は子どものころ、結構鉄道が好きだった。宮脇俊三なんていう人の文章を読んで、「国鉄全部乗ってやろう」なんて野望も抱いたものだ。
そんなわけで悪ノリして、思い出深い九州の九大線とか地元の西武新宿線とかも登場させようかと思ったが、結局ちゃんと出来たのは大糸線だけだった。
この曲はたぶん著作権も切れているんじゃないかと思うので、鉄道好きのみなさんがこの調子でどんどん作ってくれると嬉しいなあ(笑)。

(ヴィラ・ロボスの名曲だが、私はエグベルト・ジスモンチのヴァージョンで親しんでいた。
歌詞の存在を知ったのはごく最近だ)

Eu Sambo Mesmo(僕のサンバ)

100曲目候補だったEu Sambo Mesmo、意外に簡単に訳せたのでやってみた。
とはいえお聞きの通り、難しいのは訳すことよりも演奏のほうである……。
とりあえず現状は、こんな感じということで。

この曲が1曲目として収録されている「ジョアン」というアルバムが大好きだ。
もちろん、他のアルバムもいいが、『レジェンダリー』以外でひとつ選べといわれたら、これを選ぶかもしれない。オーケストレーションのバランスとかの話もあるが、何よりこの曲でいきなりガツンとやられたてしまうという単純な側面も大きいのである。

トニーニョ礼賛

素晴らしいCDである。
韓国でやったライブ盤がこれまですごく好きだったが、それを上回る。
トニーニョ・オルタは、弾き語りというものの魅力を余すところなく伝えてくれる稀有なミュージシャンのひとり。
ギターがあまりにも上手なので、そっちに気をとられがちだが、やっぱり声と一緒になったときの魅力は比較にならない。