スムーズに眠りへと誘う

--『おねしょの書』(パジャマ教の聖典)より

スムーズに眠りへと誘う

人魚は自分の声がもつ催眠的な力を誇っていたが、
本当をいうと、ひそかにもっと別の音楽にも憧れていた。
いつか、派手な電飾と仕掛け花火のあるステージに上がり、
巨大なアンプとスピーカーを震わせてみたい。
低音のビートに乗せ、耳がおかしくなるようなシャウトを連発し、
踊る若者たちの熱狂と恍惚に危険な油を注ぐような曲を、
エロチックに体をくねらせて歌ってみたいと思うのだ。
ときどき、いたずら心を起こした人魚は、
すこし音程をずらしてみたり、違うアクセントをつけてみたりして、
自分の歌がもつ可能性を試してみることがある。
しかし、いつもと同じくその歌は、なめらかな絹織物のシーツみたいに、
聞く者をスムーズに眠りへと誘う。

*人魚の歌に誘惑される神話・伝説は多いが、パジャマ教ではそれを催眠効果と断言している。


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