眠らない神

--『おねしょの書』(パジャマ教の聖典)より

眠らない神

あの神さまは、なんと活力に溢れて輝いていることだろう。
昼も夜も横になることはなく、その目はいつも何かを見ている。
アイディアに溢れ、この世に有用なものをつぎつぎと創造する。
情熱と意欲に溢れ、この世の改良に努力を怠らない。
正義と倫理を重んじ、この世の悪を懲らしめることを躊躇しない。
誰からも敬愛され、崇められる神よ。
力強く、眠ることのない神よ。
夢を見るときですら、かっと目を見開いたまま。
一度でも見たものは決して忘れることがないとか。

*「眠らない神」はパジャマの神と対立する存在であるが、パジャマ教にはこの神への傾倒というか、憧れのようなものがときどき感じられる。


手芸ぽいことをしてみた

おもちゃを買った。
ズーム ストリーミング機能搭載ハンディレコーダー Q2HD
写真だの動画だのを録ることができ、しかも安っぽい機械ばかり増やしてどうするんだとは思ったのだが、USTもやってみたいし、やっぱ音質が大事だよとか、家族もふえるしとかあれこれ理由をつけて自分を騙した次第。
届いてみると、たしかにおもちゃっぽい。とはいえ、乾電池で使える気楽さがいい気もする。さっそく外へもっていくと、鳥の声とかも入っていい感じなのだが、やはり風が気になる。ウィンドスクリーン(風防)がほしいが、専用のは単品では売っていないらしい。そして、(アクセサリセットに入っている)ACアダプターはほしくない。そこで、ちょっと調べてみると自作している方がけっこういるようなので、真似させていただいた。

RIMG0061

100円ショップで買った手袋を切って縫っただけ。いい感じだ。当然、手袋は2つあるので、少し長めにしてケース状にした。

RIMG0062

窓を開けっ放しにしてテキトーに演奏してみた。窓を背にしてやればよかったかな。


月曜日はカーニバル

ひさびさに新訳ができたので録音。
こういう趣旨のはっきりした曲はあっというまに訳せるな、と思ったのだが、
一度できたあと、あちこちいじっているうちに一ヶ月くらいすぎてしまった。
詩の理屈というのは強固なもので、一度できあがると簡単には壊せないものなのだが、普通に理屈っぽく訳してしまったということかもしれない。
内容的には、暗いテーマも徹底して追求すると、結構ポジティブな話になるという話でもあるのか?
しかし、どんだけ祭りが楽しかったんだ、という気もちょっとする。
日本は灰の水曜日が続いているような感じもするので、もしかしたら時局に合っているのかも(涙)。

灰の水曜日のマルシャ

http://ott.sakura.ne.jp/ottnet/songs/quartafeira.mp3

月曜日はカルナヴァル 火曜日はカルナヴァル
でも今朝は祭りのあと 水曜日 それは灰の水曜日
誰もいない街 歌声消えた街
昨日までは笑顔が 溢れてた 音楽が溢れてた
歌を私たちに 今こそたくさんの 愛と喜び 平和の歌
悲しみもいつか きっと終わるだろう
微笑みは 希望の日はのぼるだろう 幸せは戻るだろう
青空見上げれば 輝ける世界に まだ見ぬ愛が溢れている
もう一度カルナヴァル 懐かしいカルナヴァル
美しいあのマルシャ 歌ってた
あのときの あの歌を あのときの あの歌を


スムーズに眠りへと誘う

--『おねしょの書』(パジャマ教の聖典)より

スムーズに眠りへと誘う

人魚は自分の声がもつ催眠的な力を誇っていたが、
本当をいうと、ひそかにもっと別の音楽にも憧れていた。
いつか、派手な電飾と仕掛け花火のあるステージに上がり、
巨大なアンプとスピーカーを震わせてみたい。
低音のビートに乗せ、耳がおかしくなるようなシャウトを連発し、
踊る若者たちの熱狂と恍惚に危険な油を注ぐような曲を、
エロチックに体をくねらせて歌ってみたいと思うのだ。
ときどき、いたずら心を起こした人魚は、
すこし音程をずらしてみたり、違うアクセントをつけてみたりして、
自分の歌がもつ可能性を試してみることがある。
しかし、いつもと同じくその歌は、なめらかな絹織物のシーツみたいに、
聞く者をスムーズに眠りへと誘う。

*人魚の歌に誘惑される神話・伝説は多いが、パジャマ教ではそれを催眠効果と断言している。


敗北主義

なんとか主義というのはたいてい冗談でしか使わないが、「敗北主義」という言葉はわりと本気で気に入っている。

ちょっと前に「無人島の領有権に興味はない」などと書いたが、さすがにだんだん話がエスカレートしてくると、そうも言ってられなくなってきた。中国本土には友人もいるし、何らかの危険に直面していると思うと、心が痛む。
もっとも、私のような「敗北主義者」が、いくら「あんな島など、思い切って明け渡してしまえ」とか言っても仕方ないので、ここではもう少しちがうことをメモしておきたい。

私のような少数派をのぞき、世論というものは大抵「強硬姿勢」を喜ぶものである。したがって外交には、お互い現状を維持しながら、相手を殴っているフリみたいなものが求められる。結構、危険な技と言わざるをえないが、しばらく日中も日韓もそうしてきた。強硬姿勢のフリをやめて、本気で現状を打開しようとするのは、いわばルール違反ということだ。

それはともかく、孫崎享『戦後史の正体』(創元社)という本によれば、北方領土もふくめ、日本が抱える3つの厄介な領土問題はすべてアメリカ合衆国が戦後の外交政策として意図的に埋め込んだ仕掛けのようなものだということらしい。それはそれで、なるほどと思える見方である。もちろん、孫崎氏は敗北主義などでなく、これはひじょうに立派な本である。話題の書らしい。ミュージシャン関係の知り合いでも複数の人が同時多発的に読んでいると言っていた。けっこう珍しい現象だ。