周防正行『インド待ち』

周防正行『インド待ち』
(2001年3月、集英社社、1700円)

日本が見たインド

またしてもインド本である。
「シコふんじゃった」「shall we ダンス?」などで知られる映画監督が書いたインド旅行記。なぜ映画監督がインドなのかといえば、テレビが例の『ムトゥ』ブームに乗ってインド映画についてのドキュメンタリーを企画した。その取材のついでに旅行記も書いてしまったということらしい。インド映画→ダンス→周防監督という実に単純な思いつきっぽい企画なのであるが、きっと番組も面白かったのではないかと思う。見る機会がなかったのが残念だ。
さて、本書であるが、思い入れたっぷりのインド本が巷に溢れるなか(というほどでもないか)、普通の日本人が普通の感覚のままインドへ行き、普通に感想を漏らすというなかなか貴重なものになっている。こりゃスゴイという派手な面白さはないが、どういう訳かとても新鮮な感じがした。
一つには、周防監督のインドへの(インド映画を含め)思い入れのなさがその理由だろう。

んー、『ムトゥ 踊るマハラジャ』にあるリアリティとはどんなものなのだ。

この一文を読んで僕は周防監督の映画監督としての資質を疑った(そんなもの疑っても仕方がないが)。僕に言わせれば、『ムトゥ』はリアルのかたまりなのである。
数週間にわたる取材を克明に綴った結構長い本なのだが、周防氏はひたすらインド人に尋ねつづける。インド映画のリアルとは何か? なぜ歌と踊りがあるのか? インド映画の魂とは?
これにはやや呆れた。最初は番組づくりのためにわざと答えを先延ばしにしているのかと思ったが、そうではないらしいのである。そして、最後の最後になってようやく理解する。どうやらそれがこの本の「ストーリー」らしいのだ。
無理もない、とも言える。確かに『ムトゥ』は荒唐無稽でリアルとはほど遠く、歌と踊りは映画の必須要素とはとても言えず、インド映画の魂といわれてもピンとこない。これは日本人のほとんどが共有する感覚であろう。しかし、そのためにこんな分厚い本をまるまる一冊読まされるのでは……。(その「答え」はもちろんここでは書きません。書いちゃえばつまらないことなのはお分かりでしょう。)
ところが、すでに書いたようにこの本は別の意味で結構面白いのだ。
感心したのは、周防氏の几帳面さである。毎日、自分が何を食べ、何時にベッドに入ったか、などということが全部書いてある。映画監督というのはみんなこんなに几帳面なのであろうか。小津安二郎やタルコフスキーなんかが書いた日記は、確かにそういうマメさを感じる。
この几帳面さのおかげで、取材中のインド人たちとの会話も、かなり正確に再現されている。ディスコミュニケーションのあらわになったやりとりに、周防氏がツッコミを入れていくというスタイルなのであるが、ツッコミよりもその会話自体が面白い。テレビ番組では大部分がボツにしたであろう、とぼけた会話があちこちで展開されている。これは貴重だ。

「この映画のことを聞いて見にきました」(中略)
「どういう評判を聞いたのですか」
「すごくいいという噂を聞いたから、奥さんに言われて見に来たいなと思いました」
「その噂は、スターがいいのか、ストーリーがいいのか」
「見ないと分からない」

こんな調子である。さすが映画監督、リアルが分かってますねえ。
そんな訳で、この本では最終的に「インド映画って何?」という疑問がなんとなく分かった、というところで終わるのであるが、それは周防氏個人の問題であって、読者にはいまいちぴんとこない。むしろ、読者にとっては理不尽さがきわだったところで終わる。それはまあ仕方がない。前に紹介した『喪失の国、日本』とはレヴェルがまったく違う本なのだ。一ヶ月にも満たない滞在でそれを求めるのは無理だし、周防氏も最初からそんなことは意図していない。普通の日本人がインドに行って抱いた普通の感想。そこに終始したところがこの本の成功なのではないだろうか。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です