緑色の東京


夏になって東京を歩くと、ふと意外に緑が多いことに驚いたりする。コンクリートだらけのはずの町のあらゆる 隙間を見つけて植物が生育しているのだ。壁には蔓性の植物が這い、アスファルトの割れ目からものすごい勢いで雑草がのびていたり。東京の緑化は実際のとこ ろ、イメージのほうが現実に追いついていなかったりするのだ。
中でも特に目を奪うのが、住宅の狭い庭から路地まで、人々が半ば育て半ば放置している植物たちだ。植木鉢やプランターに入っていればまだよいほう、よく わからない発泡スチロール箱なんかに植えられた植物が、ほとんどジャングルのように、ただでさえ狭い道を侵略している。夏だからだろう、手入れは行き届か ず、植物は伸びたい放題であることが多い。
これはアメリカなんかの綺麗に刈り込まれた芝生の庭とも、イギリスのガーデニングなんていう高貴な趣味ともかなり異質なものと感じる。「自然は真空を嫌 う」なんて言葉があるが、まさにそんな感じだ。隙間なく植えた人の執念と矛盾するような、整理しようという気持ちのなさが何やら異様な感じを醸し出してい るのだが、ではいわゆるキレイな庭のほうが好きなのかと問われればそうとも言えない。
何とも言えない気分でそれら奇怪な植物たちを見ながら、一瞬、植物だらけの恐ろしげな東京のビジョンが浮かんだ。それは決して美しい未来でもないのだが、そこへ向かっていくよりほかにないような、一種の啓示のように思えた。 (2002.8.22)

*写真は世田谷の住宅街でとったもの。上の話とはちょっと違うのであるが、その執念と自然観は共通のものだろう。


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