トンネル

 小説や映画の冒頭でトンネルが出てくれば、ほぼそれは異世界への入口という約束に なっている。暗黒の向こう側には雪国があったり、妖怪たちが湯屋に通う世界があったり。けれども私たちがよく知っているこの世界では大抵の場合、トンネル の向こうはこちら側と何も変わったところのない、見慣れた世界である。そういう意味で非日常は、トンネルの向こう側ではなく、中にあるのだ。
この比喩は人生とか歴史とかにも応用できるかもしれない。トンネルのなかに長くいると、向こう側に過剰な期待をかけてしまいがちだ。実際、暗闇に慣れた 目に外はまぶしく輝いて見えることだろう。トンネルを抜けるあいだに、自分が変わったと感じられるからかもしれない。でも美しく感じられた日常の世界はじ きに新鮮さを失っていくだろう。
かつて、トンネルに入ることは人生の一大事だった時代があったのであろうな、と想像する。今や人間はトンネルに出たり入ったり、大忙しだ。トンネルの数 は増えたが、それぞれは短く、穴だらけになってしまった。穴だらけの世界に長い立派なトンネルを掘るのは大変だ。(2002.1.31)

追記:写真は鎌倉にて撮影。


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